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恐怖について 3
思考〜恐怖・快楽〜理解
『思考が恐怖の起源である』
思考は恐怖を育みます。
人は、仕事を失うことやその可能性について考えます。
そして考えることが恐怖をつくり出すのです。
そのように、思考はいつも時間の中に自らを投影します。
なぜなら、思考は時間だからです。
これまでしたことのある病気について考えるときはどうでしょう。
だれでも苦痛は好みません。
それで、あの苦しみがまたやって来ることが怖いのです。
痛みや苦しみを考えること、それを望まないことが恐怖を作り出します。
また、恐怖は、非常に密接に快楽と結びついています。
私達の大半は快楽が最も重要で、快楽によって導かれているのです。
そして、快楽は思考の一部です。
自分に快楽を与えてくれたものについて考えることによって、
その快楽は増大します。
あなたは快楽の体験---美しい日没やセックスなどの---を持っています。
そして、それについて考えます。
その思考が快感を強めます。
苦痛の経験についての思考が恐怖を生み出すのと同じように。
思考が快楽を要求し、その継続を求める元凶なのです。
思考が恐怖を引き起こす、またそれをもたらす原因なのです。
あなたが、会社で働くとき、仕事をしているとき、思考は必要です。
でないと、あなたは何も出来なくなってしまいます。
あなたが、話すとき、書くとき、講和をするとき、
あなたが会社に行くときは、思考が必要です。
しかし、その他の行為の領域において、思考は必要でしょうか・・・?
私達にとって思考はとても重要です。
思考は、私達人間が持っている唯一の“道具”なのです。
思考は経験を通じて、知識を通じて、伝統を通じて、
蓄積されてきた記憶というものの反応です。
そして記憶は、時間の産物であり、
動物から受け継いだものです。
はたして思考は、
過去について、未来について、
心理的に、自己防衛的に、
考えるのをやめることが出来るのでしょうか?
『完全な注意をはらうこと』
何かに、全的な注意を払っているとき、
そこには、観察者はいません。
従って思考者もいないのです。
恐怖を生むのは観察者なのです。
なぜなら、観察者が思考の中心だからです。
それは、<ミー><私><自己><自我>です。
観察者が検閲官なのです。
すなわち、思考がなければ観察者は存在しません。
『あらゆる恐怖の源泉』
物に、人に、または考えに依存することは、恐怖を育みます。
依存は「無知」から、
「自己理解の欠如」から、
「内的な貧しさ」から、起こります。
恐怖は、精神=心の不確実性を生み出し、
コミュニケーションと理解を妨げます。
自己理解を通じて、恐怖の原因を発見し、理解し始めます。
表面的な恐怖だけでなく、深い層にある思いがけない、
累積されたそれをです。
恐怖には生まれつきのものと、後天的に獲得されたものがあります。
それは、過去と関係します。
そして、思考=感情をそれから解き放つには、
過去は、現在を通じて理解されなくてはなりません。
なぜなら、過去は、絶えず現在の中に生まれ出ようとしており、
それは、<ミー><私のもの><私>の記憶に同一化しようとします。
自己がすべての恐怖の源泉なのです。
(クリシュナムルティ著作集より)
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すべての人々に 大いなる気づきが訪れますように
世界中が平和になりますように
地球が癒されますようにsammyはいつも祈っています

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